世界 9.羊飼いの少年が見ている世界

屋敷での生活が長引くほど、少女の現実感は薄れてくように感じた。
薄れてくごとに、少女はいろんな幻想を見るようになった。
 
一番多かったのが、この大きな屋敷が音もなく崩壊していく映像。
寝ているとき、彼女と食事をしているとき、夜中にトイレに行こうとしているとき。
その映像はどこからともなくやってきて、少女の脳裏を通りすぎた。
 
またこなきじじいのような子供たちが、屋敷を回り囲んで、石を投げつけてることもあった。
これが幻想なのか、想像なのかよく分からなくて、二度ほど少女は彼女を呼んだ。
 
あそこで子供たちが石を投げつけてくるの。
 
しかし彼女が外をみても誰もいなかった。
彼女はやさしく少女の頭を撫でた。
 
それともう一つ。
羊飼いの男の子の幻想もよくみた。
 
それは少女が一番落ち着く幻想でもあった。
 
あの時みたいに、少女は羊飼いの男の子と隠れて小屋で落ちあっていた。
 
男の子は少女のことをすべて言わなくても分かってくれた。
少女がどんなにつらいかも、どんなに悲しいかも。
どんなに気持ちを表現したくても、指の間から通り過ぎてしまい、表現できないかも。
 
少女は男の子の前では何でも言えた。
彼女の前では言えないことまでも。
自分自身で理解していなかった感情さえも。
 
男の子は必ず花を摘んできてくれるか、ハグしてくれるか、時には軽くキスしてくれたりした。
 
羊飼いの男の子は少女が望んだときにいつも想像の中にやってきてくれるわけではなかった。
少女が苦しくて耐えられない、心のコップの水があふれ出そうなときにだけ、やってきてくれた。
 
少女は男の子を思うたびに、自分が一ミリずつ成長しているのを感じた。
 
少女は男の子が好きで、彼を幸せにするためだけに生きよう、と決意した。
 
そう決意してみると、少女は自分のことは分かってもらえても、彼が見る世界を何ひとつ知らないことに気付いた。
彼と会う時、話すのはたいてい少女で、彼がどういう世界で住んでいて、どういう風に感じ、何を考えているのか、まったく分からなかった。
 
そしてずっと一緒に住んでいる彼女も同じく。
 
少女は次第に、誰かの心の中に入ってみたいと思うようになっていた。

2016年6月13日 12:10:46 の変更内容が競合しています:
       9.羊飼いの少年が見ている世界
 
屋敷での生活が長引くほど、少女の現実感は薄れてくように感じた。
薄れてくごとに、少女はいろんな幻想を見るようになった。
 
一番多かったのが、この大きな屋敷が音もなく崩壊していく映像。
寝ているとき、彼女と食事をしているとき、夜中にトイレに行こうとしているとき。
その映像はどこからともなくやってきて、少女の脳裏を通りすぎた。
 
またこなきじじいのような子供たちが、屋敷を回り囲んで、石を投げつけてることもあった。
これが幻想なのか、想像なのかよく分からなくて、二度ほど少女は彼女を呼んだ。
 
あそこで子供たちが石を投げつけてくるの。
 
しかし彼女が外をみても誰もいなかった。
彼女はやさしく少女の頭を撫でた。
 
それともう一つ。
羊飼いの男の子の幻想もよくみた。
 
それは少女が一番落ち着く幻想でもあった。
 
あの時みたいに、少女は羊飼いの男の子と隠れて小屋で落ちあっていた。
 
男の子は少女のことをすべて言わなくても分かってくれた。
少女がどんなにつらいかも、どんなに悲しいかも。
どんなに気持ちを表現したくても、指の間から通り過ぎてしまい、表現できないかも。
 
少女は男の子の前では何でも言えた。
彼女の前では言えないことまでも。
自分自身で理解していなかった感情さえも。
 
男の子は必ず花を摘んできてくれるか、ハグしてくれるか、時には軽くキスしてくれたりした。
 
羊飼いの男の子は少女が望んだときにいつも想像の中にやってきてくれるわけではなかった。
少女が苦しくて耐えられない、心のコップの水があふれ出そうなときにだけ、やってきてくれた。
 
少女は男の子を思うたびに、自分が一ミリずつ成長しているのを感じた。
 
少女は男の子が好きで、彼を幸せにするためだけに生きよう、と決意した。
 
そう決意してみると、少女は自分のことは分かってもらえても、彼が見る世界を何ひとつ知らないことに気付いた。
彼と会う時、話すのはたいてい少女で、彼がどういう世界で住んでいて、どういう風に感じ、何を考えているのか、まったく分からなかった。
 
そしてずっと一緒に住んでいる彼女も同じく。
 
少女は次第に、誰かの心の中に入ってみたいと思うようになっていた。

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