世界     5. 新しいけれどどこか古く感じる不思議な世界

勢いよくドアが開いたので、少女は前のめりになって家に飛び込んだ。
雨で全身びしょ濡れだった。
 
薄暗くて広い古風な屋敷で、玄関の奥には長いらせん階段が上の階につながっていた。
中にいて出迎えてくれた女性は、とても静かなたたずまいで、気配をあまり感じさせなかった。
顔は暗くてよく見えなかったが、細い唇の上にはなにもないように見えた。
 
びしょ濡れの少女を不思議そうな観察するような目で見ていたが、やがてかすかに微笑み「上にいらっしゃい」と言って、らせん階段の方へ案内した。
移動するとき、彼女が長い髪で自分の顔を見られないように隠した、と少女は思った。
なぜ自分の顔を隠そうとするのだろう、と不思議に思い、と同時に自分の内側から小さな怒りがわき出るのを感じて驚いた。
 
胸が高鳴った。
なぜこんなに動揺しているのだろう?
 
二階の踊り場まで来ると、パンケーキにのっているハチミツのような甘いにおいが通り過ぎた。
匂いから記憶が飛び出してきそうに感じた。
しかし彼女がドアを開けたとき、光が差し込んできて、彼女の顔が見えそうだったので、記憶のかけらを取り逃がしてしまった。
 
一瞬彼女の横顔に光があたり見えそうになったが、すぐに髪の毛で見えなくなってしまった。
少女は彼女をつかまえて、顔をさらしてやりたくなる衝動を感じた。
しかしそうはせず、彼女に言われるままバスタオルを受け取り、ベッドルームを案内された。
 
「シャワーを浴びたら、ゆっくり寝なさい」
 
少女は言われるままにうなずき、彼女はドアを閉めた。
 
少女はなんだかほっとした。
ずぶ濡れのスカートからは、水滴がしたたり落ちていた。
少女は自分がこの屋敷にきて一言もしゃべっていないことに気付いた。
 
そして少女は案内された寝室にあるもう一つの扉を見つけた。
それは当たり前のように入ってきたドアの反対側にあった。
 
ドアノブを回そうとしたが、その扉には鍵がかかっていた。
少女はその扉が、自分がやってきた向こう側の世界の、いつも閉まっていた左側の扉のこっち側だということを直感した。
 
何の物音も聞こえず、しーんとしている屋敷に耳をすませた。
少女はずぶ濡れのまま、ベッドにあおむけになった。
 
天井には迷路のような模様があって、それを見ていたらそれに飲み込まれそうになった。
新しいけれどどこか古く感じる不思議な世界が、少女を待っていたかのように受け入れた。

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